投稿した直後、気づいたらスマホを開いている。
いいね、ついたかな。
あ、まだ少ない。
前の投稿より少ないかも。
そんなふうに、自分の言葉より、反応を先に見ている自分がいました。
フォロワー数ほど大きな数字じゃないのに、いいね数は、気持ちに直結しやすい。
だからこそ、いつの間にか振り回されていたのだと思います。
いいねは「評価」ではなく「反応」
あるとき、ふと冷静になって考えました。
いいねって、何だろう。
- ちゃんと読んだ、ではない
- 深く共感した、でもない
- たまたま目に入った、かもしれない
つまり、いいねは評価ではなく反応。
それなのに私は、いいねの数を「この投稿は良かった/ダメだった」という判断材料にしていました。
それは、言葉に対しても、自分に対しても、少し厳しすぎたなと思います。
いいねを意識すると、書けなくなるもの
いいねを気にし始めると、自然と書けなくなるものがあります。
- まだ途中の考え
- まとまっていない違和感
- 結論のない話
反応が取れそうな言葉を選び、無難な形に整えて、尖らせないようにする。
それはそれで、ひとつの技術かもしれません。
でも私は、自分の思考が薄くなっていく感覚のほうが気になりました。
反応が少なくても、残るものがある
いいねが少なかった投稿でも、しばらくしてから「前のあの記事、よかったです」と声をかけてもらうことがあります。そのときに感じるのは、ああ、届くタイミングは、こちらで決められないということ。
反応が少ない=届いていない
ではない。
ただ、
その場で可視化されていないだけ。
そう考えるようになってから、数字への距離が少しずつ変わっていきました。

私が欲しかったのは「賑わい」ではなかった
改めて考えてみると、私が欲しかったのは、
- たくさんの反応
- 賑やかなコメント欄
ではありませんでした。
静かでもいい。
ゆっくりでもいい。
また戻ってきてもらえる場所であること。
いいね数を追わなくなったのは、そのほうが自分の作りたい世界に近かったからです。
いいねを気にしなくなって、変わったこと
いいね数を見なくなってから、
- 投稿後にスマホを置けるようになった
- 書きたい温度で書けるようになった
- 言葉を削らなくなった
- 無理にまとめなくなった
一番大きかったのは、発信が「表現」ではなく「記録」に戻ったこと。
その延長に、WORLD BUILDING という考え方があります。
まとめ|反応より、居場所を大切にしたかった
いいねは、あると嬉しいものです。でも、それに左右されるほど大切なものではありませんでした。
私が大事にしたかったのは、一瞬の反応より、長くいられる距離感。いいね数を気にしなくなったのは、自分の世界を守るための自然な選択だったのだと思います。

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