2025年、AIは一気に私たちの生活や仕事の中に入り込みました。
文章作成、画像生成、企画立案、分析。「できないこと」の方が少ないのではないかと思うほど、AIは進化しています。
SNSを見れば、「このAIにはこのプロンプトを入力すると、こんな答えが出ます」「コピペでOK」「誰でもすぐ使える」そんなノウハウが溢れています。
最初はとても面白い。
試してみたくなるし、実際に便利です。
でも、ふと立ち止まって考えたくなりました。
それを続けた先に、どんな未来が待っているのだろう?
2026年以降、AIがさらに進化したとき、私たちは何を手放してはいけないのだろうか。
この記事では、AIを否定するのではなく、AIとどう向き合うかという視点から、今あらためて大切にしたいことを整理していきます。
AIは何者なのか?ロボット?機械?それとも…
そもそもAIとは何でしょうか。
ロボット? 機械? 人間の代わり?
答えはとてもシンプルで、AIは、考えている存在ではありません。
大量のデータをもとに学習し、「この状況では、こう返す確率が高い」という予測を出しているだけです。
ただし、ここで忘れてはいけない重要なポイントがあります。
AIには「学習機能」があるということ
AIは、使われ方そのものを学習します。
- どんな言葉を投げかけるのか
- どんな修正を加えるのか
- どんな価値観を許容するのか
これらすべてが、AIの振る舞いに影響していきます。
つまりAIは、使う人の思考や姿勢を、そのまま映し返す存在でもあるのです。
私はこのことを、比較的早い段階で理解しました。
だからこそ、あえてプロンプトを多用しないという選択をしています。
もちろん、まったく使わないわけではありません。
自分の中のイメージがまだ曖昧なときや、方向性を探る「最初の一歩」として、プロンプトを使うことはあります。
ただ、文章をつくる場面では、ほとんど使いません。
言葉は、自分の中にある考えや感覚を整理しながら、AIと対話する中で形にしていく方が、結果的に「自分の言葉」になると感じているからです。
一方で、生成画像については少し事情が違います。
構図や質感、表現の難しい部分だけは、ほんとうに最初の段階でプロンプトを使うことがあります。
それも、完成させるためではなく、方向を定めるため。
最終的にどう仕上げるかを決めるのは、いつも自分自身です。
AIは、正解を出す存在ではありません。
だからこそ私は、プロンプトに頼りすぎない使い方を選んでいます。
その理由や、「難しいプロンプトを使わなくてもAIは使える」という考え方については、以下の記事で、もう少し具体的に書いています。

この仕組みは、スマートフォンの文字入力の予測変換を、極めて高度にしたものだと考えると分かりやすいでしょう。
過去の入力パターンから、「次に来る可能性が高い言葉」を提案してくれますが、その言葉を使って、どのような意味の文章を完成させ、誰に届けるのかを決めているのは、常に人間側です。
プロンプトを集め続けた先に起きること
SNS上のプロンプトノウハウは、決して悪いものではなく、学びの入口として、とても優秀です。
ただ、問題は「それだけ」で使い続けた場合です。
- どんな言葉を投げかけるのか
- どんな修正を加えるのか
- どんな価値観を許容するのか
AIが悪いわけではなく、人間側が、考える工程を省略しているだけなのです。
その結果、「人間らしさ」が、静かになくなっていく。これは才能の問題ではなく、AIとの向き合い方の問題です。
AIに正解を求めてはいけない理由
ここで、とても大切なことをはっきり書いておくと
なぜなら、正解とは、
- 目的
- 状況
- 価値観
によって変わるものだからです。
AIができるのは、
最終的に「どれを選ぶか」を決めるのは、常に人間側です。なので私は、AIに「正解」を求めすぎない使い方を選びました。
その結果、気持ちがラクになり、考える時間を手放さずにいられるようになったと感じています。その背景や実感については、以下の記事で、もう少し個人的な視点から書いています。


この考え方を、もう少し感覚的・未来志向の視点から書いた記事もあります。「どうなりたいか」を妄想しながらAIと向き合う、女性向けの視点です。

私が実践している、AIとの向き合い方
私はAIを使うとき、必ず次のことを行っています。
- AIに確認テストをする
- 違う答えが出たら「それは違う」と伝える
- 過去に決めたことを覚えているか確認する
これは、AIを疑っているわけではなく、自分の軸を示しているだけです。
AIの答えに対して、「本当にそう思う?」「それ、前に言っていたことと矛盾していない?」そう問い返すことで、
自分自身の考えも同時に整理されていきます。

これは、下書きを他人に任せきりにしない作家の姿勢に、とてもよく似ていると感じています。
あらすじのヒントをAIからもらうことはあっても、一行一行の言葉に自分の感情や考えを込め、物語の結末を自ら決める。
そのプロセスを放棄してしまえば、それはもはや、その作家自身の作品とは呼べなくなってしまう。
AIも、同じです。
AIは「正解装置」ではなく「思考の鏡」
AIを使っていると、つい「正しい答え」を求めたくなりますが、でも、AIはテストの採点者ではありません。AIは、思考を映し返す鏡のような存在。
- 軸が曖昧なまま使えば、曖昧な答えが返る
- 借り物の言葉を投げれば、借り物の表現が返る
- 自分の価値観を伝えれば、それを反映し始める
だからこそ、AIは「分身」になっていきます。

自分の分身としてAIと向き合うということ
この役割は、オーケストラの指揮者に例えることができます。
どれほど優れた楽器(AI)が揃っていても、どの楽曲を、どのような解釈で、誰に届けるのかという「意思」を吹き込むことはできません。
全体のバランスを見て、調和を判断し、最終的な音楽として完成させる。
その役割を担えるのは、指揮者である人間だけです。
AIを分身として扱うとは、すべてを任せることではなく、
- 間違いは指摘する
- 判断基準は預けない
- 価値観は言葉にして伝える
この距離感が、とても大切です。
AIが進化すればするほど、人間側には「考える役割」が残ります。どちらかというと、考えることが、より重要になる。
2026年以降、残るのはどんな人か
2026年以降、AIはさらに身近になります。
使えるか、使えないか、ではありません。
残るのは、
- 自分なりの判断軸を持っている人
- 便利さよりも信頼を選べる人
- 速さよりも積み上げを大切にできる人
AIを使いこなす人ではなく、AIと対話できる人です。
まとめ|AIが進化しても、決めるのは私たち
AIは、これからも進化しますし、止まることはありません。
でも、どんなAIを育てるのか。どんな使い方をするのか。それを決めているのは、いつも私たち自身です。
自分の軸を持ち、自分の分身としてAIと向き合う。
それが、2026年以降のAI時代を心地よく生きるための、ひとつの答えだと、私は考えています。
この記事では、AIとの向き合い方を「判断軸」や「構造」の視点から整理しました。
同じテーマを、未来を妄想するという感覚的な切り口で書いた記事もあります。


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